303号室から愛をこめて

何が楽しくて生きているのか

深夜徘徊

ドアを大きく開き、潜り込むように乗り込む。
相変わらず乗り降りしづらい車である。
車のカッコよさとは不便さと反比例するものだ。

クラッチペダルを踏み切りスイッチを押す。
大袈裟なくらいだが心地よいエンジンサウンドが響く。
せっかくだ、たまには幌を開けてみようと思った。

夜風を感じる。
天井を取っ払った車内は夜空と溶け合い境界は消える。
頭上には満天の星といつの間にか冷え切っていた空気。

『深夜徘徊』というプレイリストを再生する。
真夜中は必ずと言ってよいほどこれを聴きながら運転する。
これを作った当時の自分はセンスに満ち溢れていた。

1曲目が流れ始めてギアを1速に入れる。
アクセルを煽って半クラで動き出す真っ赤な車体。
1速のまま引っ張り3速、5速、6速とスピードを上げる。

別に鼻が利く方ではないのだけれど色んなにおいがした。
夜の、晩秋の、ガソリン、排気ガス、あとなんだろう。
よくわからないかなしいきもちがした。

表現の自由って何』

『“クロノスタシス”って知ってる?』

『キミの夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ』

『周波数を合わせて調子はどうだい?兄弟、徘徊しないかい?』

5曲目、エイリアンズが流れる。
『バイパスの澄んだ空気』とか、『仮面のようなスポーツカーが火を吐いた』とか、KIRINJIはオープンカーを運転しながら、いま、まさに僕が感じているこの感情を抱きながら曲を作ったんじゃないかと、毎回思ってしまう。
ずるいよ、こんなの自分に酔いしれてしまうに決まってるじゃないか。

フラワーカンパニーズの深夜高速。
他人の作った曲に自分を重ねるなんてと今も昔もずっと思っているけれど、
『生きててよかった そんな夜を探してる』
それって今この瞬間なのではないかと、毎回思ってしまう。
昨日より今日、今日より明日、いつだって毎日がキャリアハイでありたいと思っているし「昔は良かった」なんて死んでも言いたくはないのだけれど、言いたくなってしまうだけの年月を重ねてきてしまったようで。
これから先の未来において、一番若い自分は今の自分だというのに、まったく阿呆らしい感じである。

髪を乱す風は涙も乾かしていく。
街灯の明かりに照らされる間もなく。
誰も僕のことなど気に留めやしないだろうが。

夜道ならば永遠に走っていたいんだ。
だけど夜は明けてしまうし、目的地に着けば旅は終わる。
緩めたスピードは名残惜しさの表れなのだろう。

日の出前、帰宅してしまった。
夜が朝に敗れ去る様を自室から眺めていた。
君は非情だ。毎日毎日なんの恨みがあるというのだろう。

僕らは馬鹿だからさ、
いま手元にあるものの価値など誰もわかっちゃいない。
自分の手から失って、離れることになってはじめて知る。
有り難みを感じることも、噛み締めることもできない。

愛車ロードスターとの日々、
名残惜しいけれど僕は絶対に忘れない。
お前は最高の相棒だったよ。



プレイリスト『深夜徘徊』
Dali/PELICAN FANCLUB
クロノスタシス/きのこ帝国
Funny Bunny/the pillows
MINT/Suchmos
エイリアンズ/KIRINJI
深夜高速/フラワーカンパニーズ
ゴッホ/ドレスコーズ
やさぐれカイドー/秋山黄色
レーマンのせいにする/クリープハイプ
幸福な朝食 退屈な夕食/斉藤和義
ナイトライダー/くるり
冷たい雨/cali≠gari
夜明けのBEAT/フジファブリック